長期金利、一時1.835%に上昇 17年半ぶりの高水準

今年も早いもので残り1ヶ月で2025年が終わり新しい年を迎えようとしております。

最近では忘年会を早めに行うところも増えているようで「11月下旬には忘年会のスケジュールが目白押しなんだよ」という方も珍しくは無いようにも思えます。

また、巷ではインフルエンザも流行っているようなので外出後の帰宅時には手洗いと喉のうがいは必須であるのと同時に、時節柄暴飲暴食ともなりやすいので体調管理も含め入念なケアを心がけてもらいたいと思います。

今年は高市早苗新総理誕生後に日経平均も52,000円を超える最高値を更新し、金価格も1gが23,000円を超える高値を付けるなどムード的には良い感じがする反面、為替は1ドル160円に迫るドル高円安となり日本の財政面を不安視する声もありました。

そして、タイトルにもあるように長期金利が17年ぶりの高水準となっていることを楽観的に捉えず不安視している声も出てきております。

今まで日本はゼロ金利でしたので銀行に預金をしても二束三文の利息しか付きませんでしたので金利が上昇すれば「銀行預金の利息も増えて嬉しい」という方もいるかもしれませんが「金利が上昇すれば住宅ローンの金利も上がるし嫌だ」と思う方や企業側も「銀行から借りている資金の利息が増えるから大変だ」と金利が上昇することを楽観的に歓迎できない方もいらっしゃると思います。

また、随分と昔にはなりますが過去には長期金利が高い時期に郵便局の10年定期が8%の利息が付いた時には「1億円の定期を組んだら利息だけで生活できる!」とポジティブに捉える声があったのも事実ですが反対に1億円の借金だった場合とんでもない利息を支払わなければならないので金利の低い高いは用途によって見方も捉え方も180度違う事になります。

そのような事から今回はこの「金利」についてお話したいと思います。

「金利」の始まり

結論から言いますと「金利がいつからあるのか」というのと「お金はいつからあるのか」はイコールに等しい状態になり特定をするには難しい状態ではありますが、お金の代役となり得る物が登場した時期が始まりとされているようです。

世界的に見れば紀元前18世紀のハンムラビ法典では利息(利子)率に決まりがあり「大麦は33%」で「銀は20%」と設定されていた記録があり借りた物を返す際に利息(利子)をつけて渡したそうです。

日本では8世紀以降の律令時代に行われていた「出挙(すいこ)」であると言われています。

「出挙(すいこ)」とは、春に稲の種を借りた人が秋の収穫時に利息(利子)をつけて稲を返す稲の貸借のことを指します。

日本に限らず世界の古代文明では物々交換が主流でしたので端的に金利の始まりを解説しますと、一例として米農家が「貸し手」と「借り手」に分かれたと仮定して、大規模で米農家をしている者が村の人口増加に伴い今後米の需要が増えてくるであろうと予想し「種もみの貸し手」となり広く「種もみの借り手」募集をしたとします。そこで、将来米の需要は増えるであろうと思った人が利息(利子)をつけて種もみを借りても十分に儲かるだろうと予想を立て、「種もみの貸し手」と「種もみの借り手」のニーズが合致し利息(利子)率を双方ですり合わせ合意すれば取引が成立します。この種もみを返す時に生じる「利息(利子)率」が「金利」の始まりということになります。

金利に対する偏見

古代ギリシャで世界的に知られている有名な哲学者アリストテレスは利息(利子)を取る行為に批判的な立場でいました。

それは旧約聖書で異教徒から利息(利子)を取ることは許可をしていたが同じ教徒からは利息(利子)を取ることを禁じている事を逆手にとり、少数であったユダヤ教徒がキリスト教徒とイスラム教徒の貸し手となり多くの利息(利子)を取る現在で言う金融業者のようになったことを嫌気したことだと言われています。

そのことから、利息(利子)を取る行為は社会的に広まった一方で、道徳性や妥当性に懐疑的な意見が増えていったことは否めませんでした。

また、ローマ帝国時代では巨大な領土を統治していた関係上多種多様な民族が地域ごとにまとまる為に法整備が行われ貸借に関する規定も作られました。そこでも利息(利子)に関わるトラブルは後を絶たずローマ法で利息(利子)率は年上限12%と定めたようですが厳格には守られなかったのが実情でした。

ローマ市民は、貧困を抱えた人々が重い利息に苦しむことを珍しくなく社会問題に発展することもしばしばあり、共和政時代には債務奴隷化をめぐる政治的な争いが発生する等、利息(利子)に対し批判する者が増えていき特にキリスト教のカトリックでは「利息を取ることは罪である」という考えが根付いていきました。

中世ヨーロッパ時代

キリスト教が中世ヨーロッパにおいて主流となったころ「利息(利子)を取ることは罪である」という意見が大半を占めてはいましたが、商業が発展し都市国家間でも商行為のやり取りは急速的に盛んになりました。

当然商行為の発展を支えているのはお金の流通にあり、お金の直接やり取りをする金貸し業が町や地域の発展に繋がっていきました。

表向きはキリスト教の関係上利息(利子)は悪とされていましたが商業が発展すると必然的に利息(利子)は切っても切れない関係になったのです。

その他、イスラム教でもコーランの教えにより利息(利子)を取ることは禁止されていましたが、厳密な利息(利子)を計算する行為を避けて商行為が発展するにしたがって共同行為で出資をするときに生じる手間賃を手数料と称し利息(利子)を得るスタイルを取りました。

中世イスラム期にはホンダークやカラバンと呼ばれた共同出資が盛んに行われるようになり、出資者が配当を得る代わりに損失も分担する手法が広く普及するようになりました。

キリスト教もイスラム教も利息(利子)を得るという行為は禁じられてはいましたが配当を得るというスタイルで経済と宗教の折り合いをつける工夫をしたそうです。

その後、ヴェネツィア共和国とジェノヴァ共和国は地中海貿易を通じて莫大な富を築き、独自の政治体制を確立した所謂イタリア商人共和国は利子の存在が公然と認められ教会からも容認されました。

資金貸し出しと証書取引が活性化し都市国家間の商人たちは利息(利子)収入を再投資して利益を生むスタイルが構築され貸し手と借り手が互いにメリットを感じる仕組みが登場するなど経済活動をより活性化させていきました。

この流れはヨーロッパ全体に普及し王族や貴族までもが参加しお金を扱う商人にお金を借りて大航海で大きな利益を狙う出資も盛んに行われるようになりました。

この流れがより近代化され、お金を貸し利息(利子)を得る行為が商業・工業を活性化させる正当な業務とみなされるようにもなりました。

金利がもたらす現代の影響

近代国家が形成される中で、中央銀行や国債の仕組みが生まれていきました。

資本を手にしたい個人や企業などは融資を受けて利息(利子)を払いながらも事業拡大や投資を行い利子(利息)を上回る利益を得るために色々な工夫を行いました。

このような行為が後の産業革命を生む切掛けにもなったのです。

つまり、現代ではお金を借りて投資を行う行為が大きな利益を生むこととなり、企業では銀行からお金を借りて金利を払っても儲ける事業を計画的に行う事は自然なこととなっているのが今の実情です。

一方、金利が債務の連鎖を生み出し個人や会社、国家でも負債に負わされるリスクがあることは否めません。

現在の日本では経済大国と言われている関係上、個人でも銀行からお金を借りやすくなっています。銀行からお金を借りて不動産いわば土地や家、マンション等を買い時として買った不動産が値上がりし金利を支払っても儲けをえることがあるかもしれませんが、反対に景気が悪化し不動産の価値が下がり不動産を売却しなければ利息が払えず、若しくは土地やマンション等全て売っても借金しか残らず金利すらも支払うことができない状況となれば最悪ですので、お金を借りることは細心の注意を払い計画的でなければならないと思います。

また、今の日本で個人で金利を得るためにお金を貸す側になった場合は、設定した金利が法を犯す場合もあったり貸したお金が返ってこないという事も十分に考えられますので安易にやらないことをお薦め致します。

いずれにせよ、個人であれば無借金が一番ですし企業でも同じですが、企業が積極的に設備投資や人材投資等にお金を出資するならば金利が低い方が助かりますね。

今の日本の高市政権では「責任ある積極財政」と謳っているので、舵取りを信じ個人においても企業においても日本経済が発展し豊かで安心して日常生活が送れるようになれば幸いだと思いますね。

今回の話は「金利」について急ぎ早にお伝えしました。

日本国債や銀行の定期預金の金利を得る側であれば金利は高い方が良いとは思いますが借金をして金利を払う側になれば金利は低いに越したことはありません。

いずれにせよ、お金にまつわる貸借は計画性が重要だと思いますね。